目次
学歴_日本在学時
早稲田大学
専攻は英文学、ゼミはシェイクスピアを専門とする◯◯先生の演習に所属しており、卒業論文のテーマは「『ロミオとジュリエット』におけるシェイクスピアの女性像について」です。シェイクスピアの時代は男性が絶対的な権力を持つ家父長制であり、女性には「貞淑、寡黙、従順」という規範が求められていた社会の中で、親の意向に逆らい自我を突き通すジュリエットはフェミニズムを象徴しているのではないかということについて論じます。私自身ジェンダー問題に興味があり、将来も1人の女性として社会で幅広く活躍していきたいと思っているため、シェクスピア作品の中でも女性像やフェミニズムに注目しました。
課外活動としては、W.U.B(Waseda University Breakers)というストリートダンスサークルに所属していました。全員で120名ほどのメンバーがおり、その中で7つのダンスのジャンルに分かれて練習をしていました。私はGirlsというジャンルに所属しており、最高学年次には私含め同期3人で後輩30人を指導しまとめていました。サークルに所属した当初は全ジャンル合わせて私の同期は100人以上いたものの、最高学年になってからは25人しかいなくなってしまうほど、厳しいダンスサークルだと言われていました。主なイベントとしては早稲田祭への出演や、自主公演という会場確保から広告宣伝、演出、パフォーマンス、運営まで全て自分たちの手で作り上げていく一番大きな公演があり、イベント前には3ヶ月半前から週5回ほど練習をしていました。お客様からは1,000円のチケット代を頂き、証明会社に約200万円支払って舞台を作り上げる、本格的な公演でした。また、公演期間は深夜練習もあり非常に忙しく、しかし私は学業にも力を入れたかったため、移動時間を削減するために大学の近くで交換留学生とのシェアハウスを始めました。毎日英語を使い、様々な国の人とコミュニケーションが取れる環境が非常に楽しく、公演が終わっても住み続け、計8ヶ月間シェアハウスに滞在していました。
他にも、大学のプログラムで夏休みに1週間、シンガポールの南洋理工大学というアジア第5位の大学の生徒と共に、企業のコンサルティングプロジェクトに取り組みました。私は伊藤忠商事とジョンソンエンドジョンソンの課題に取り組み、最終日には企業から与えられた課題に対するソリューションをプレゼンテーションにまとめ、全て英語で発表しました。シンガポールの学生は非常に優秀で仕事が早く、また"Singlish"というシンガポール訛りの英語で聞き取りづらく、気づいたらテーマや内容が決まっており、自然と日本人抜きで議論が行われているということが多々ありました。そんな状況を打破すべく、聞かれずとも自分からアイデアや情報を提供し議論に参加し、また企業訪問ではシンガポールの学生のみが質問している中、私は彼らに負けじと質問するなど、1週間という短い間の中でも多くの学びが得られるよう全力で取り組んでいました。
学歴_海外在学時
アイオワ州立大学
大学の留学プログラムを利用して、9ヶ月間アメリカのアイオワ州立大学で交換留学をしていました。留学が決まる前には、高校生の頃から強く想っていた英語を話せるようになりたいという目標を実現するために、日本人が少なく、より現地の環境で勉学に集中できる田舎の大学の交換留学を志望していました。そのために大学のGPAとTOEFLの高いスコアが必要であったため、英会話に通ったり、毎日英語のドラマやラジオを聞いたりすることで英語力の向上に力を入れていました。その結果、2人の枠しかなかった第一志望の交換留学を勝ち取ることができました。
現地では私の狙い通り日本人がほとんどいない環境であり、授業は全て英語で現地の生徒と同じ授業を受け、寮ではアメリカ人3人とルームシェアをして暮らしていました。授業は異文化コミュニケーションや言語学、演劇学などを履修し、人文学を幅広く学んでいました。自分で望んで飛び込んだ厳しい環境でしたが、当初私は全く英語を聞き取ることも話すこともできず、想像以上に辛い現実を突き付けられました。しかし、そこで負けず嫌いな私は何とかこの状況を変えたいという一心で、「とりあえずやってみる」の精神で人一倍の努力をしようと決心しました。特に、授業中でのディスカッションが活発なことに衝撃を受け、よく分からなくても1日1回は絶対に何か発言しようと心掛けていました。このように、アメリカの大学では「発言しなければ存在しないことと同じである」という価値観を学び、日本での受け身な姿勢を変え、アウトプットすることに力を入れていました。
課外活動としては、ISU HipHop Clubという大学のダンスクラブに所属し、300人以上のメンバーを抱え、学期末に一度あるショーケース発表に向けて週3回ほど練習をしていました。日本人は1人もおらず、アジア人さえ少なくアウェイな環境でしたが、その中でも多くの友人を作り自分の個性を出していこうと、英語が話せないながらも毎回誰かに話し掛け、コミュニケーションを取りながら練習に励んでいました。その結果、ダンスチームの中で一番頑張っている人に与えられる「ダンサースポットライト」という賞を頂き、インスタグラムで取り上げられました。
その他にも、日本人も外国人も所属する、Japanese Association(日本人同好会)に所属していました。その中のイベントとして、留学生が各国の料理を紹介し合う国際フードフェアへ出店し、焼き鳥や焼きそば、みたらし団子を作ってブースで販売し、日本の料理を各国の生徒に紹介しました。また、同じ大学に通っている生徒に週1回、日本語や日本の文化を教える日本語教室を開設し、私は初級クラスのチューターを務めていました。毎週パワーポイントを作成し、挨拶や簡単な文法、若者言葉など、分かりやすく英語で説明できるよう試行錯誤していました。
このように9ヶ月間の留学経験を経て、TOEICでは695点しかなかったスコアが940点にまで向上し、またどんな環境でも挑戦する精神や自分から発信する力を身につけ、自分自身を大きく成長させることができました。
職務経歴
Actus Consulting Group Inc,
日本の日用品を扱っているメーカーの商品を、アメリカ市場で展開していくためのサポート業務全般を行なっている日系コンサルティング企業です。具体的には市場調査を行った上で、アメリカ市場にあった商品企画の提案、価格設定やパッケージデザインのアドバイスの他、販売、代金回収、流通手配、在庫管理など、幅広い業務を行なっています。また、別の部門では人材紹介サービスを運営しており、日本人外国人かかわらずニューヨークでの転職希望者と日系企業との間に立ち、両者の需要と供給を結びつけるサービスを提供しています。
インターンシップ生の業務としては、1) 展示会の出展に伴う準備のサポート 2) 市場調査、製品の点検、モニタリング等の商品に関わる業務 3) 営業のアシスタント業務 4) メールの対応やデータ分析、雑務などのデスクワークをしています。その中の主な業務としては、Actusが力を入れている徹底的な市場調査です。例を挙げると、アメリカ市場を調査するためのアンケートや競合他社の商品のパッケージ分析をし、その市場調査の内容を日本のメーカーに伝えるために、アンケート結果をまとめたり英語を全て日本語訳にしたりするという細かい事務作業があります。
その中でもなぜこれはやる必要性があるのか、また今後どういうビジネスに繋がっていくのかなど、一つ一つの仕事の意味を考え、学びを多くするために受け身ではなく能動的に取り組んでいます。オフィス業務だけでなく、市場調査として販売の対象である小売店のスーパーやホームセンターの店舗へ直接行き、日本とアメリカの小売店の違いや最近のトレンドを分析したり、店頭で商品の説明をするデモンストレーションを行なったり、現場に行くことでより市場の理解を深めています。また、Actusは商品の広告にも携わっており、ホームページに掲載する商品の撮影をするためにデザイナーや写真家を雇い、撮影会をする際のサポートをしに現場に同行してプロの仕事の様子を体験しています。
自己PR
私は何度倒れそうになっても絶対に起き上がるだるまのように、困難に遭っても負けずに乗り越え、地道な努力を続けることができます。私は一度就職活動を経験したのですが、自分が志望していた数々の会社の選考に通過することができず、惨敗という結果となってしまいました。学生時代には約1年間のアメリカへの交換留学や、ダンスサークルに打ち込んできたチーム活動の経験、外国人とのシェアハウスでの経験を通して挑戦や努力を重ねてきたため、就職活動でも上手くいくという自信を持っていたのですが、その自信は見事に打ち砕かれてしまいました。
就職活動が上手くいかなかった理由を考えたときに、私はその会社名が持つイメージばかりにとらわれて会社選びをしてしまい、私が本当にやりたいこと、将来実現したいことが明確になっていなかったということに気付きました。そこで、より自分のことを理解し、働くということへのイメージをつけるために就職留年をするという決断をし、ニューヨークにあるコンサルティング企業で3ヶ月間フルタイムのインターンシップをすることに決めました。学生時代を通して、日本から飛び出し海外のレベルの高さを知り、刺激を受けるという経験が私にとって高いモチベーションになっていたため、海外でのインターンシップ、特にビジネスの中心地であるニューヨークに決めました。
ニューヨークでは、自分のことをより理解し、将来の視野を広げるという目標を達成するために、毎日ブログを書いて自分自身と向き合い、またニューヨークで働いている日本人にたくさん会い、話を聞くことで自分の可能性を広げていました。特にインターン先の社員さんの紹介で参加したニューヨークMBAの会では、常に成長を求める意識が高い人々に刺激を受け、将来より多くのビジネススキルを身につけ成長し、海外ビジネスでのコネクションを作るために、海外のビジネススクールでMBAを取得したいという夢ができました。
このように、私は挫折を経験しても他人の目を気にすることなく自ら多くの学びを得ようと積極的に行動し、失敗を活かしながら日々努力を続けることができます。
留学理由・学んだこと
留学理由
高校でのカナダへのホームステイで英語が話せなかったことに悔しさを感じ、負けず嫌いな私は大学で留学すると心に決め、日本人が少ない環境でより成長できると感じたアメリカの田舎の大学での交換留学を決めました。
留学で学んだこと
「アウトプットすること」の大切さです。アメリカは日本とは違いディスカッションやプレゼンテーションが中心の授業であり、私は当初は全く発言ができずにいると、毎回授業に出席していたのにも関わらず出席点が非常に悪く、アウトプットしないことは存在しないことと同じという現実を突き付けられました。そこで、日本で自然と身についていた協調し指示に従うという受け身の姿勢を変え、自分の頭で考えて積極的に発信することを心掛けていました。このように自分から主体的に行動していた結果、様々な価値観を持つ人々とのコミュニケーションに繋がり、留学経験を通して新しい学びや挑戦に貪欲になり、変化や多様性を楽しめるようになりました。